「和製デヴィッド・ボウイ」とも称され、圧倒的な美意識でファンを魅了し続ける志磨遼平さん。元「毛皮のマリーズ」のフロントマンであり、現在は「ドレスコーズ」として活動する彼の背景には、どのようなルーツがあるのでしょうか。

ネット上では様々な噂が飛び交っていますが、志磨さんは自身の自叙伝やインタビューにおいて、その生い立ちを赤裸々に語っています。実は、彼は和歌山県内でも有数の進学校に通い、厳格な家庭で育ったという「エリート」の側面を持っていました。
この記事では、志磨遼平さんの家族構成、驚きの学歴、そして現在に至るまでの経歴を、公表されている事実に基づいて徹底解説します。この記事を読めば、彼の音楽が持つ「気高さ」と「孤独」の理由が明確に分かります。ぜひ最後までご覧いただき、ブックマークして情報の整理にお役立てください。
志磨遼平のプロフィールと家族構成
志磨遼平さんは1982年3月6日生まれ、和歌山県和歌山市の出身です。彼のミステリアスな雰囲気は、その家庭環境に深く根ざしています。
父親は銀行の支店長|厳格な家庭環境
志磨さんの父親は、地元・和歌山の銀行に勤める銀行員でした。最終的には支店長まで務めたエリートであり、家庭内では非常に厳格な存在だったといいます。 自叙伝『ぼくだけはブルー』によると、幼少期の志磨さんは父親に対して畏怖の念を抱いており、この「規律正しい家庭」への違和感が、後のロックンロールへの没頭に繋がったと分析されています。
母親はピアノの経験者|音楽的素養の原点
母親はピアノに精通しており、志磨さんは3歳からピアノの英才教育を受けていました。 当時は無理やり練習させられることが苦痛だったと語っていますが、この時期に身につけたクラシックの素養が、現在のドレスコーズで見られるオーケストレーションや複雑なコード進行の基礎となっています。
兄弟はおらず「一人っ子」として育つ
志磨さんは兄弟のいない一人っ子です。 子供の頃は一人で空想にふけったり、読書や音楽に没頭したりする時間が長かったといいます。この「一人で世界を作る」という経験が、バンド解散後もソロプロジェクトとして独創的な表現を続ける現在のスタイルに影響を与えていると考えられます。
【家族構成表】
構成:父(銀行員・支店長)、母(主婦・ピアノ経験者)、志磨遼平
備考:兄弟なし、和歌山市内の実家で厳格に育てられる
志磨遼平の学歴|県内屈指の進学校・向陽高校を中退
志磨遼平さんの知的な言語センスは、その高い学力に裏打ちされています。
出身小学校・中学校|和歌山市内での少年時代
具体的な校名は公表されていませんが、和歌山市内の公立小・中学校に通っていたとされています。中学時代にはすでにパンクロックや60年代の英国ロックに目覚めており、周囲とは一線を画す存在でした。
出身高校:和歌山県立向陽高等学校(偏差値70超)
高校は、和歌山県内でも屈指の進学校である和歌山県立向陽高等学校に進学しました。 同校は非常に偏差値が高く、多くの生徒が難関大学を目指す環境です。志磨さんがいかに優秀な頭脳を持っていたかが分かります。
中退の真相:パンクロックへの傾倒と上京の決意
しかし、志磨さんは高校を卒業することなく中退を選択します。 理由は「ロックンロールに人生を捧げるため」という極めて純粋なものでした。進学校というレールを自ら降り、10代で単身東京へ向かった決断が、後の「毛皮のマリーズ」の結成へと繋がっていきます。
【図表指示:学歴一覧】
中学校:和歌山市内の中学校(卒業)
高校:和歌山県立向陽高等学校(中退)
大学:進学せず(音楽活動に専念)

志磨遼平の華麗なる経歴|毛皮のマリーズからドレスコーズまで
2003年〜2011年:伝説のバンド「毛皮のマリーズ」
19歳で上京後、2003年に「毛皮のマリーズ」を結成。 グラムロック、パンク、歌謡曲をミックスした中毒性の高いサウンドで、インディーズシーンを席巻しました。2010年にメジャーデビューを果たしますが、わずか1年後の2011年、日本武道館公演を最後に解散。絶頂期での解散は伝説として語り継がれています。
2012年〜現在:ドレスコーズとしての進化とソロ化
2012年、新バンド「ドレスコーズ」を結成。 その後、メンバーの脱退を経て、現在は志磨遼平の単独プロジェクトとして活動しています。作品ごとに豪華なサポートミュージシャンを迎えるスタイルは、常に日本のロックシーンに新鮮な驚きを与えています。
文筆家・俳優としての多才な活動
音楽以外でも、その才能は多岐にわたります。
文筆: 2024年、自叙伝『ぼくだけはブルー』を上梓。
俳優: 映画『溺れるナイフ』に出演。
楽曲提供: ももいろクローバーZなど、他アーティストへの楽曲提供も多数。
【活動年表】
2003年:毛皮のマリーズ結成
2010年:メジャーデビュー
2011年:武道館公演、解散
2012年:ドレスコーズ結成
2014年:ドレスコーズ、志磨のソロ体制へ
まとめ|志磨遼平の原点は「孤独と反抗」
志磨遼平さんのルーツを紐解くと、以下の3つの重要な事実が見えてきます。
家族:厳格な銀行員の父と、ピアノを教えた母を持つ一人っ子。
学歴:県内トップクラスの「向陽高校」を中退し、音楽の道へ。
経歴:毛皮のマリーズで頂点を極め、現在はドレスコーズとして唯一無二の表現を追求。
彼は単なる「派手なロックスター」ではなく、高度な教育環境の中で育まれた知性と、そこからの逸脱を試みた反逆心が同居する、極めて稀有な表現者です。
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執筆協力・出典:『ぼくだけはブルー』(音楽ナタリー/志磨遼平 著)、各種公式インタビューより。


